TRPGは皆さん、ご存知ですよね! では、TRPGとアートという組み合わせになるとピンと来る方って多くないのではないでしょうか? TRPGとアートは一見別物に感じるかもしれませんが、TRPG黎明期では、ルールブックだけでなく、サイコロ、マップ、呪文カード、コマなどが箱に同梱された複合的な作品で、書籍だけでない多様なアート性が込められてきた歴史があります。

そこで、今回は「TRPG」と「アート」を巡って、二人のクリエイターに対談していただきました。といっても、片やTRPGを始めて数年の同人サークル代表・遠野よあけさん、片や国産TRPGの初期から作品を世に出してきたベテランゲームデザイナー・伏見健二さん、とTRPG歴も立場もまるで異なるお二人。こんな対談記事は、TRPG every dayでしか見られませんよ!

TRPG every day マスコットキャラクター
対談者プロフィール
伏見健二
「ブルーフォレスト物語」「ギア・アンティーク」などの作品を手がけたゲームデザイナーであり、作家、おもちゃ企画者。武蔵野美術大学出身という経歴から美術分野にも造詣が深く、氏の作品にはレイアウトや箱などを含めた総合デザインにこだわったものが多い。現在は介護福祉士としても働く。
遠野よあけ
会社員の傍ら、同人誌制作やTRPG制作を楽しむゲーマー。実際に遊びだしてからは2,3年とTRPG歴は浅いが、同人誌を3冊制作する他、ウェブラジオでの情報発信を続け、今はボードゲーム制作にも取り掛かるなど精力的に活動している。

アートスクールの卒業製作がネットで話題に

伏見氏が手がけた「ブルーフォレスト物語」(左。リバイバル版)と「ギア・アンティーク」。片やアジア風ファンタジー、片や産業革命期をモチーフとした世界観だが、同じ惑星の別地方を舞台にしている

伏見さんが手がけた「ブルーフォレスト物語」(左。リバイバル版)と「ギア・アンティーク」。片やアジア風ファンタジー、片や産業革命期をモチーフとした世界観だが、同じ惑星の別地方を舞台にしている

──ブルーフォレスト物語、ギア・アンティークなど数々の作品を発表してきた伏見健ニさんのことはご存知の方が多いと思いますので、まずは遠野よあけさんの自己紹介を兼ねて、ご自分の作品を紹介していただけますか。アートや批評という観点から個性的な同人誌をいくつか出されてきましたよね。昨秋には「悪くない場所RPG」(当サイトにて公開中)が一部ネットで話題になりました。

ブルーフォレスト物語:アジア風ファンタジー世界を舞台としたTRPG。判定が絶対成功となるが高くなりすぎればNPCとなってしまうステータス「悟り」や、無常観を意識させる世界が特徴的。
ギア・アンティーク:スチームパンク風TRPG。教育や職業などの経歴によって作成される日常的なキャラクターが、大事件に巻き込まれて大冒険を繰り広げるといったセッションを楽しめる。

遠野 「話題というか炎上ですね……率直に言って驚きました。そもそも『悪くない場所RPG』は、アートスクールの卒業制作展向けに制作したものであり、当初は同人誌として頒布する予定も考えてなかったんです。それが、あんな風に話が広がっていくとは思いませんでした。
ゲームの内容を説明しますと、まずプレイヤーが動かすキャラクターは、現代日本のアートスクールに通う生徒です。セッションでは明治時代以前の日本にタイムトラベルし、日本独自の『アート』をその時代に広めるため頭をひねることになります。アートを上手く広められれば、現代に戻った時に街並みがアートに影響されたものに変化するわけです」

──タイトルの「悪くない場所」というのは何を示しているんでしょうか?

悪くない場所RPG

“過去にアートを伝えて現代を改変するのが目的”というニッチなTRPG。戦国武将に絵文字を流行らせたことで、現代日本の街並みの看板やメディアに絵文字が使われているなどの変化を起こす。

遠野 「それは『悪い場所』という日本の現代美術における批評用語から発想したものです。私も専門家ではないので自分なりの理解ですが、日本美術は明治時代に西洋から『アート』の概念のみを輸入したことで、歴史を持たない美術として始まってしまいました。この結果、日本の現代美術は同じ問題を巡る円環の中に在り続けることになってしまった。『悪い場所』とはこの状況を指し示す言葉で、日本の現代美術の問題点と可能性を浮き彫りにする用語とされています。
『悪くない場所』という言葉は、セッションのエンディングで描写されるIF世界の日本現代美術を指す言葉として作りました。『悪くない場所RPG』では、過去の日本にアートを伝えることで、『悪い場所』を、日本独自の美術の歴史を継承している『悪くない場所』に変えることが大きな目的となります。たとえば過去に絵文字文化を伝えたなら、現代の書店には私たちが見たことのないような絵文字・表象文字で書かれた本が氾濫している。そんな風に、史実とは異なる美術史をたどった現代日本を想像するゲームです」

悪い場所:美術評論家の椹木野衣が提唱した日本の現代美術独自の概念。

──正直に言ってターゲットのしぼられたゲームですよね。この狙いは何だったんでしょうか。

遠野 「アートスクールでは、実際にアートを制作する課題がありましたが、当時の私のアートとの接点は展覧会に時折足を運ぶ程度だったので、(本格的なアート作品ではなく)身近なものから何か作れないかと考えました。そこで、制作経験のある同人誌と、関心のあるTRPGを組み合わせて作品を作ることにしました。
発表の場はアートスクールの卒業制作展ですから、来場者はTRPGを知らない人がほとんどだと思いました。ただ、来場者の皆さんは興味を持って会場を訪れているので、TRPGを知らなくても目の前に作品があれば『何だろう』と関心を持ってもらいやすい。さらに、知っている単語がゲームで登場すれば接点ができ、もっと関心を持ってもらえるだろうと考え、『悪い場所』という批評用語をテーマにしました。
制作展は3日間開催され、そのうち2日は私がGMとなって『悪くない場所RPG』を来場した方に遊んでもらいました。1日2回、16人に体験してもらうのがせいぜいでしたが、無料配布した冊子は80部を手に取ってもらい、参加した方に『TRPGって面白いね』と言ってもらえたのはうれしかったです」

──けっこうな手応えがあったんですね。では伏見さんにお伺いしたいんですが、「悪くない場所RPG」はご覧になられてどう感じられました?

伏見 「僕は面白い奴いるなぁ、って楽しく読みましたよ。ひどく欠点は多いけど(笑)、そもそも同人誌って作り手が情熱に駆られて作るもので、商品じゃあない。特にTRPGのようなジャンルで多様性を維持することは、存在意義にもつながる大事な点だからね。個性的なクリエイターがたくさんいて、独特な叫びが受け入れられて、成功のチャンスを得られる環境を維持していくことが大事だと思う。刺激がないと」

遠野 「ありがとうございます。初めて制作したオリジナルTRPGになるので、聞くのが怖いところもあるのですが、作品単体としては、いかがでしょうか?」

伏見 「一つの売りや特徴を定めたほうがよかったんじゃないかな。今回は、『悪くない場所』のことだけに集中した方が理解しやすかったろうと思ったよ。
第一、美術の話で言うと、『悪い場所』という理論は必ずしも多くの人に受け入れられているものではないんじゃない? その理論に賛成の人もいれば、反対の人もいる。だから、この作品では『悪い場所』についてもっと論じられていた方が面白かった」

──伏見さんだったら、どのようにアレンジされますか?

伏見 「僕だったら、プレイヤーたちが『悪い場所とは何か』というトークをする場面をきっちり用意したい。端的に言えば『西洋美術の輸入によって失われた日本美術を再生するために、それを探すか新しい価値観を加えて普遍化しなければ』というゲームなんでしょ? 問題解決のモチベーションへプレイヤーに誘導できるといいんじゃないかな」

遠野 「モチベーションの誘導とは少し違うのかもしれませんが、西洋からの輸入によって始まった日本美術の歴史を改変するために、海外TRPGの輸入から始まった日本のTRPGの歴史を参照するという方法を考えてはいました。うまく作品内に盛り込むことはできなかったかもしれませんが……」

伏見 「それがネットでも炎上したとこだよね(笑)。その歴史認識は間違っている、と叫ぶ人の意見ももっともかも。そういう未整理な歴史観を入れてしまったのは上手い方法じゃなかったんじゃないかな」

遠野 「はい……その点は、実際に知識不足や整理不足で、上手くいかなかったなあと感じています」

──「TRPGとアート」という要素はいかがでしょうか。この2つに親和性はあるんでしょうか?

伏見 「TRPGとアートの歴史はすごく古くて、別に遠野さんの作品が初めての試みではないと指摘しないといけない。TRPGをアートとして捉えたいって思う人はたくさんいるし、その活動はべつに発表もされることなく行われる。感情を揺さぶる、表現の場となるいう点で、TRPGとアートは親和性が高い。他ジャンルのアーティストの中には実際にTRPGを楽しむ人もいる。俳優や声優にも多いでしょ?」

遠野 「しかし、ネットを見ているとコンベンションやオンラインセッションの情報で溢れていて、アートのような動きは見えにくい状態だと思うんです。もちろん、私の観測範囲の問題もあるとは思いますが」

伏見 「告知して、広めないと『TRPGが滅ぶ』とかいう話ね。僕はそうは思わない。すでに拡散の時期を迎えているんじゃないかね。
また、メインストリームのTRPGだけでなく次々に近似した新しいゲームが生まれてきている。人狼のブームも記憶に新しいし、僕が最近関わるロールプレイングポエム(RPP)は、あるシチュエーション、つまりシーンを切り出して一定のルール下で即興的に遊ぶTRPGなんだ。たとえばドイツ軍の砲台に3人の兵士がいて、1人は裏切り者という設定のRPPがある。時間経過ごとにイベントが起きる仕組みで、それぞれがロールプレイをしつつ、そのシチュエーションを楽しむ。GMは要らないし、勝利条件もないゲーム。
TRPGという商品には依存しない、文化としてのTRPGがもう根付いているってことじゃなかろうか」

ロールプレイングポエム(RPP):TRPGのようなストーリーのあるゲームから派生した新しいゲーム。TRPGシステムのように一定のルールがあるわけでなく、RPPのゲームごとにルールはさまざま。伏見氏が挙げた例のように、基本的に勝敗がなく、朗読パフォーマンスが含まれ、短時間で終わる。詩が読者に理解を委ねるように、RPPも正しい遊び方はなく、アレンジして遊ばれることも多い。ゲームポエムとも呼ばれる。

遠野 「即興劇に近いものなのに、ゲームのようなルールがあるというのが面白いですね。ルールがあれば、誰でも参加しやすいし、想像力も発揮しやすい。同じシチュエーションでもメンバーが変われば違う結果、違う発見がありそうです」

伏見 「今のTRPGって多様化していて、豊かな時代だと思うよ。TRPGが廃れたと思う人は、個人的な体験として、TRPGを『知り、遊び、慣れる』という一通りステップを踏んで、遊び終えているだけじゃないかな。そりゃあ最初に知ったときの感動が薄れれば、キラキラしたメディアではなくなってしまう。同じようなステップを踏んだ同世代でまとまれば『TRPGは滅ぶ』という声にもつながるんだろう。いつものことだよ」

一つの機能にフォーカスしていく新世代TRPG

──世代という話が出ましたが、伏見さんはこれまでのTRPGの変遷をどのようにお考えですか?

伏見 「いわゆる世代論だね。初期はSFやファンタジーなどの世界を体験するという、素朴な第一世代的な機能があった。次に、聖騎士や盗賊などの役割に応じた活躍を目的とした第二世代が続いた。さらに第三世代は単なる役割でなく、ストーリー上の役割を獲得することを目的にしている。
その次の世代が何かは議論があるけど、今のニーズの一つにRPPのように『一つの機能にフォーカスして、個性的な体験、今までない視点を獲得する』っていうものが求められていると思っている。『悪くない場所』もその試金石となる要素はあって、みんなには見てもらいたい作品」

──第三世代のTRPGへのニーズが、ストーリー上の役割のような限定的なものとすると、これからのTRPGはさらに細分化して粒が小さくなっていきそうですね。

伏見 「それには良い面・悪い面がある。ニーズが限定的な分、期待した体験を獲得できなければ意味がないというゲームの制約や萎縮につながりかねない。また、遊びのなかで自然と獲得されてきた経験が、特化したルールに従って体験するとなるとシステマチックなものになりすぎてしまう。
ただ、いくつか解決策はあると思っている。一つはシチュエーションを限ったショートセッション。人狼みたいに、時間が短ければ、何度もトライアル&エラーできるでしょ。失敗セッションがあってもいい。もう一つは、GMが語り部として一つのメッセージや一つのストーリーを語り、参加者に体験してもらうという姿勢のRPG。GMがこの人だから、一緒に遊んだのがこのメンバーだから、そういうヒューマンな要素がもっとフォーカスされていいんじゃないかな」

遠野 「その話を聞いて、『ブルーフォレスト通信3』で伏見さんが書かれた文章を思い出しました。次のブルーフォレスト物語の構想として『もっとGMの楽しさを引き出すんだ』と。これまでGMが自分の物語を押し付ける”吟遊詩人”的なマスタリングは悪とされ、プレイヤーの意思やニーズを引き出すのが主流だった。しかし、ブルーフォレストの最新作はGMの考えるシナリオの魅力を引き出すゲームにする、と書かれていました。それで『どんなゲームになるんだろう』と関心があって今日そのお話も伺いたかったんですが、もしかして『ブルーシンガーRPG』はその系譜に位置しているんでしょうか?

伏見 「うん。ブルーフォレスト物語3は完成したんだけど、コントロールが難しく、シナリオ構造がどうしても複雑になってしまった。まあ機能しなかったんだよね(笑)。そこらへんのノウハウから、シナリオ構造を限定して運用できる『ラビットホール・ドロップス』、そして既存のシナリオを遊んでもらうことに特化した『ブルーシンガーRPG』が生まれていったという流れ」

ブルーフォレスト通信3

開発中のブルーフォレスト物語3版のテストルールが掲載されていた「ブルーフォレスト通信3」。この時点で「ブルーシンガーRPG」につながる方向性が表れていた

ラビットホール・ドロップス

「ラピッドホール・ドロップス(ラビホ)」は親子で楽しめるTRPG。絵本のようにイラストが多く、想像力を喚起させやすくしている。プレイヤーは騎士や王女といった役割を担当し、物語の登場人物に(クリックでHPに)

ブルーシンガーRPG

ラビホの方向性をさらに進化させた新作「ブルーシンガーRPG」。シナリオを元に、判定や能力値は一切なく、会話だけでゲームが進む。児童や初心者向けというだけでなく、TRPGの根源的な楽しさが味わえる作品

 

遠野 「聖珠伝説パールシードも、ブルーシンガーRPGにつながる系譜に当たるんでしょうか? あれはかなりルールがコンパクトにまとまっていますよね。伏見さんの作品には、プレイヤーができることの多いブルーフォレスト物語やギア・アンティークのような系統と、逆にできることが限定的なパールシードのような系統の2つがあるように感じます。この違いは、どういう経緯で生まれたんでしょうか?」

伏見 「ブルーフォレスト物語やギア・アンティークは世界設定を作ることで、世界から物語を自然発生させるという作り方だった。『世界の中で生きる』ゲームね。一方で、新たな潮流としてヒロイックなRPGが生まれてきていた。『活躍したい!』ということね。それに対する一つの回答がパールシード。物語を限定することで、その中でのキャラクターの活躍や役割が何なのかをプレイヤーに問いかけようとした作品」

遠野 「なるほど、異なるニーズへの回答が2つの系統になっていたのですね」

──TRPGの変遷が話されてきたわけですが、新しい世代に位置する遠野さんはどんなTRPGがお好きですか?

遠野 「私の好きな作品は、同人誌を見ると明らかですが(笑)、ダブルクロスとレッドドラゴンです。特にダブルクロスは初めて手に取ったTRPGで、2年間そればかり遊んでいました。最初にダブルクロスを遊んだ理由は、文庫サイズでライトノベルと同じ棚に置かれていたことと、舞台が現代だったことが大きいです。社会人仲間とTRPGを始めようと話し合った時に、ファンタジーはハードルが高いという空気になったんですね」

ダブルクロス:未知のウイルスの影響で超人となった人々が、日常を守るために非日常の力を使って戦う、現代アクション物TRPG。絆や関係を重視したルールを採用しており、セッションのドラマ性を高めやすくなっている。
レッドドラゴン:プロの作家陣によるTRPGリプレイの手法をとった創作物。星海社ウェブサイトで無料公開され、話題となった。複数のメディアミックス企画が2015年に発表されるなど、精力的に展開している。

伏見 「びっくり。ファンタジー物は手に取りづらいんだ?」

s2051hyoushi

遠野よあけさんが代表を務めるサークル「打算とも名誉とも無縁なもの」のTRPG批評同人誌。2051年のプロTRPGプレイヤーが、2010年代以降のTRPGの歴史を振り返る、というメタ構造が特徴。

遠野 「はい。ダブルクロスは自然とライトノベルっぽいストーリーが遊べるのも楽しいですね。仲間内で2年くらい遊んで、自分たちが感じた面白さを表現したいという気持ちが大きくなりました。またその頃、レッドドラゴンの完結も近づいていたので、この2作品を主要なテーマに同人誌を制作することに決めました。そうしてできたのが、私たちのサークルの最初の同人誌『TRPG2051』です。
『TRPG2051』では人工知能が発達し、プレイヤーが時間や場所的な都合でセッションに参加できなくても、人工知能がその人の代わりに参加してくれるという未来図を描きました。
ただ、この本を作った時はメンバー皆がダブルクロスとレッドドラゴンしか知らなかった。二作目では流石にもっと知識が必要だろうと、ルールブックを持ち寄って勉強するようになりました。色々なシステムを勉強と称して遊びましたが、特に楽しんだのはサタスペですね。すごく向こう見ずな物語が作れるし、1/4ぐらい現代要素もある(笑)」

サタスペ:アジアンパンクTRPG『サタスペ』。if歴史をたどった国際貿易都市オオサカでチンピラとして暴れ回る、TRPGでは珍しいクライムアクション物。

伏見 「向こう見ずで大胆な同人誌展開だよね(笑)。いいんじゃない? さっきも言ったけど、なんか情熱にあふれている。つっこみどころ満載だよ!とか思うんだけど、それもまたよし」

遠野 「ありがとうございます! あとは、冒険企画局さんのゲームは、向こう見ずでない作品も好きです(笑)。『インセイン』とか、サイコロ・フィクションはそれまでのゲームに比べてGMの負担が少ないですよね。サイコロを振るだけでシーンが展開し、物語が進む。話のオチと配役を決めておけば、後は自由に動いていい。こうした傾向は、今後のTRPGの特徴的な流れになるのではと個人的には思っています。その一つの流れとして、GMの役割がどんどん減り、TRPGにとって重要なはずのGMが消えていくゲームもありえるかもしれない。そんなことを考えながらルールブックを読み漁っていた頃に、GMがいなくても遊べるCLAMP学園TRPGの存在を知りました。実際に入手して遊んでみると、とても面白かった。それで二作目の同人誌『えるべえRPG』は、CLAMP学園TRPGのリプレイを主とした作品になりました。
私はまだ遊んだことがないのですが、ブルーシンガーRPGはそういった傾向とは逆に、GM負担が重いゲームなのでしょうか?」

CLAMP学園TRPG:単体の商品ではなく、漫画『CLAMP学園探偵団』の公式ガイドブックに収録されていたルール。トランプによるチャート表を利用し、アドリブで物語を展開していくGM不在のシステムが特徴的だった。

伏見 「ブルーシンガーはGMの負担は軽いんだけど、シナリオのウェイトが重い。むしろシナリオだけがあって、システムはないって感じ。それでもゲームになるんだよね。現代、もっとも洗練されたTRPGシステムであるサイコロ・フィクションはニーズの真ん中にあって、その両側にシチュエーションドラマを究極化する反面で物語を自動生成する流れと、ブルーシンガーのようにGMの提供する物語を体験する流れがあるのかもしれない。いずれにせよ、ゲームはブラッシュアップすると一つの作品が内包する要素は減って、結果、細分化していくんじゃないかなあ」

遠野 「なるほど。そうした流れを踏まえつつ、これからも色々なTRPG作品に触れていきたいと思います。『悪くない場所RPG』の発表後に、歴史認識の誤りなどもあって色々と指摘を受けてしまったので、古いTRPG雑誌も探しているんですが……」

伏見 「歴史を学ぶ必要なんてないよ。そうした過去に縛られないで作品を作ってほしい。もちろんTRPGには、コンセプトの提示やリプレイの掲載など盛り込むべき要素や編集上のマナーはあるけど、『悪くない場所RPG』はちゃんと満たしていたからね。
こういう個性的なアイディアを打ち出してくるデザイナーが増えてくると面白いと思っている。それには『面白さ』に対するデザイナーの嗅覚や、閃きが要る。僕のチームだと、あわじひめじさんの作ったTRPG『敗犬は荒野を駆ける』はそうした閃きが活きた作品の一つ」

遠野 「ありがとうございます。必要な構成はきちんと守りつつ、閃きを大事にしていきたいと思います」

伏見 「話はちょっと逸れるんだけど、『トランプゲーム大全』のような本を読むと良いよ。これ、ゲームデザイナー必携の書だと思う。今、ボードゲームの大きなブームがあって、それを経験してきた人たちがTRPGを遊ぶ流れもあるじゃない? そのときに、きちんとシステム的なゲーム設計ができないと恥ずかしい。本で紹介されているようなトランプゲームや、アブストラクトゲームのセンスは数をこなして勉強しないと身に付かない。TRPG畑の人間は、えてしてヒューマンファクトに甘えてしまいがちなんだよね。誰に遊んでもらうかを意識し、その期待に応えてゆかないとね」

アブストラクトゲーム:抽象ゲームのこと。ここでは、ルールが明確で、情報が全て公開されており、偶然に左右されないゲームのことを指す。オセロや囲碁など。
ヒューマンファクト:人的要因のこと。その場に居る人間の個性の組み合わせで得られるその時だけの体験や情動など。

遠野 「私のゲームを遊びたいと思ってくれる人は、まだこの世界に存在しないとは思いますが、10代20代の若い人たちに作品をぶつけて『こんな面白いものがあるよ』と伝えたいという思いはあります。私も10代でTRPGを知って衝撃を受けたので。遊び始めたのはずっと後になってしまいましたが(笑)」

定義が固定しないTRPGというジャンル

遠野 「TRPGの歴史の話に戻るんですが、日本のTRPGには何十年という蓄積がありますが、この歴史はあまり語られていませんよね。これはなぜなんでしょうか?」

伏見 「メリットとデメリットがあるんでしょう。デメリットとしては遊ぶ人にとって歴史って邪魔になるんだよ。『このゲーム面白い!』って思っても『あのゲームも知らないのに』なんて言われたら、つまらなくなる。そんな歴史はいらないんじゃないかな」

TRPG関連カタログ書籍

90~00年代にかけてはTRPGを写真や文章で紹介するカタログ本が発行されていた

遠野 「美少女ゲームやライトノベルには歴史をまとめようとする動きがありますが、TRPGの歴史をまとめた本って見当たらなかったんです。カタログ本はいろいろ出ていて、『RPGマガジン2月号別冊 RPGオールカタログ’95』、『TRPGがもっとやりたい!!』、後はケイブンシャからも伏見さんが編集に関わっていたカタログ本があって、主にビジュアルや写真で作品を紹介していましたよね。
ただ、他ジャンルのような批評はないなと感じました。批評というのは暴力的なもので、人によって採用するところ、切り捨てるところが違う。だから、批評家は一つのジャンルに大勢必要となります。しかし、TRPGは批評家が不在で、世代論もあまり形になってない印象を受けます。TRPG2051を作っている時も『なんで正史がないんだろう』と不思議に思いました。いわゆる『TRPG冬の時代』もあった説、なかった説があるぐらいです」

伏見 「古い本をよく知っているね(笑)。TRPGの批評家はいないね。でも史観の統一って簡単なことじゃないよ。僕に言わせれば、『TRPG冬の時代』ってのは、危機感を煽ってユーザーの忠誠心や購買欲を高めるためのセールスフレーズの一つだったに過ぎないと思っているし……これはまた長くなるから、別の話としてまた(苦笑)」

遠野 「冬の時代があったとして、『私たちのゲームがなくなる』という状況を言語化できなかったから、今のような『あった説』『なかった説』の議論があるんじゃないかと思うんです。たとえば、当時、批評家がいれば『こうすれば状況改善できる』『いや、この方法だ』と批評が出て、冬の時代にTRPGが置かれている状況がもっと言語化されたのではないかと。批評は一般的には、今存在する作品に対するレビューが役割だと思われていますが、そうではなくて状況や未来での価値を語ることで、批評対象を未来に残すという役割もあります」

伏見 「当時、素人批評はむしろ盛んだったとは思うけど……。TRPGとは、って言語化した方がよいのは確かだろうね。ただ、TRPGは語れるほど固定化していない、常に変動しているジャンルとも言えると思うんだよね。TRPGを単体として語ることを重視するのでなく、TRPG、ボードゲーム、シミュレーションゲームといったクロスオーバーするジャンルの1アイテムとして耳目を集めていけばいいと思う。TRPGをやる、ボードゲームはやらない、ではなくて、ゲームマーケットがあり、それらのアナログ商品を扱うショップがあって、その中で目立つ商品が交代しながらアナログゲームとして人気を維持し続ける。それが僕の理想とする世界なんだよ。商業的にもそれが正しいはずだと思う」

──確かに、小説もいろんなジャンルがありますよね、ミステリしかり、SFしかり。

伏見 「今は作品ができたら、世に出して遊んでもらうインフラがすでにある。TRPG1個作るのにそんなにお金は要らないんだから、ゲームデザイナーを目指す人は、インフラを活用して、どんどん作品を出してほしい。ただ、一つ条件はあって、遊ぶためのフォーマットはきちんと揃えること。ゲームのコンセプト、ルール、シナリオ、リプレイなど、これらがあればデザイナーの考える遊び方、面白さをきちんと追体験できるようになっていなければいけない。そのうえで、どんな突飛な作品、遊びにくい作品、誰もつくらないような個性的な作品でいいじゃないか!と思うよ(笑) 遠野さんの次の作品も楽しみにしているので、頑張ってください」

遠野 「ありがとうございます! 私も今年はゲームを一つと言わず、二つ作りたいと考えています。まずは春のゲームマーケットですね。コンパクトなカードゲームを製作中です。そして、夏コミに向けて同人誌も制作しています。これは『インセイン』のシナリオ集になる予定です。次の同人誌でも、TRPGユーザーだけでなく広い層に知ってもらえるようネタを仕込んでいます。とにかく面白いものを作って、楽しんでもらいたい。私たちはニコニコ動画でウェブラジオもやっているので、関心があればぜひご視聴いただけるとうれしいです」

──私も新作を楽しみにしています。お二人とも、本日はありがとうございました!


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