古き良きファンタジーTRPGを思わせるライトノベル作品
『緑陽のクエスタ・リリカ』は、世界観に独自性が溢れるファンタジーではありません。むしろ、ソード・ワールドRPGのような古き良きファンタジーTRPGを思わせる、どこか懐かしい世界の物語です。
主人公のジゼルは、魔術師を育成する《識者達の学院》で学んできたのですが、魔術の才能がからっきしで、「万年杖無し※、無能、口先だけ、落第続き」と残念な二つ名を付けられてしまう半人前に過ぎません。さらに剣の腕前に自信があったものの、襲われるヒロインに助けに入りながら逆にサポートされる始末。一人ではどうにもパッとしないキャラクターです。
そんな彼が魔術師の道に見切りを付けて、冒険者※となるべく冒険者の宿※に向かうものの、思いもよらぬ依頼を頼まれ……その解決のために、都市を奔走することになります。
※杖無し:本作における杖は一人前である正魔術師の証であり、杖無しは半人前を意味する。
※冒険者:モンスター退治など市井の依頼を受ける、何でも屋。ファンタジー作品で登場するものと大きな違いはない。
※冒険者の宿:冒険者に仕事を斡旋する酒場兼宿屋の通称。この作品に、いわゆる冒険者ギルドは存在しない。
冒頭から作品を否定するようですが、冒険者にせよ魔法にせよ、目を引くようなオリジナリティに溢れた設定ではありません。冒険者はコンピューターゲームのようなステータスや等級などはありませんが、いわゆる戦闘を中心とした何でも屋です。魔法も、万能素(マナ)を活用して願望を形にするというファンタジー小説では珍しくないもので、しかも周囲を暗くしたり、傷を癒したり、障壁を張ったりといった比較的地味な魔法が主に活用されています。
だからといって、これらの世界観は決して作品の欠点になっていません。冒険者は一騎当千でなく、魔法は万能でないからこそ、TRPGのプレイヤーキャラクター(PC)のように英雄ならざるファンタジーの住人が描かれています。加えて特異でない世界観に説明がさほど要らない分、世界設定が練り込まれています。都市の区画や酒場ごとにある違い、様々な秘密結社や傭兵団などの組織、宗教的な理由で差別される種族などの設定がごく自然に触れられており、単に主人公を中心とした物語だけでなく、様々な思いが渦巻く“生きた都市”を描こうとしていると感じます。作者をGMとして見れば、かなりの設定魔と言えるでしょう。
TRPGらしい二つの見どころ
世界観からしてTRPGらしい本作ですが、中でも押さえたいTRPGらしさが二つあります。
先述した通り、冒険者としても魔術師としても実力不足のジゼルですが、だからといって自分の無力さに立ち止まりはしません。足で情報を稼ぎ、自分の知る限りの伝手を辿り、あるいは自分より優れた冒険者に掛け合って、自分の手が届かない隙間を埋めようとします。
こうしたジゼルの模索は、TRPGらしさを強く感じるところです。TRPGでも1レベル──つまりは作ったばかりのPCができる行動は、実に限定的です。敵が自分より強いのはよくあることで、その他にも社会的な地位であったり、金銭であったり、さまざまな理由がPCの手足を縛っていると思える状況もしばしばでしょう。
ですが、実際にはPCに沢山の選択肢があることもまた少なくありません。PCでは無理でもNPCに協力を仰いだり、あるいは噂などを使って動揺を誘って偉いNPCでも冒険者の力を借りたいと思わせるように仕向けたり、罠を仕掛けたり──GMを説得できるなら、色々な可能性が見いだせるでしょう。そこがアイデア次第で、多様なゴールを見出し得るTRPGの魅力の一つであり、本作でも描かれているTRPGらしさでもあります。英雄どころか一人前の冒険者ですらないジゼルが、どのように無力を補ったのかはぜひ本作で確かめてほしい見どころです。
もう一つ、見どころとなるのが情報のつながり方です。ストーリーは都市で起きた陰惨な連続殺人事件と、ジゼルが依頼される人捜しが絡み合って展開します。ジゼルが酒場や物乞い、姉弟子などへの聞き込みを行っていく流れは、いわゆるシティアドベンチャーと呼ばれるシナリオスタイルそっくりです。そして、情報の出し方や伏線の配置は、ミステリ作家ならではのこなれたもの。物語の進展とともに一つ一つの情報がつながっていくことへの気付きには、爽快感を覚えるでしょう。
so-bin先生のイラストと相まって魅力的なヒロイン(?)たち
と言って、ミステリ要素が強い硬派なファンタジーというわけでなく、MF文庫Jらしく美少女・美女もたくさん登場します。メインヒロインのひた向きなアルミラージをはじめ、凛とした和風美女の桜子、堅物ながら弟弟子への支援を惜しまない白魔術師ガブリエル、快活で気風のいいシャリンとタイプの違った女性キャラクターは、最近アニメ化で話題になった『オーバーロード』のイラスト担当でもあるso-bin先生のイラストと相まって実に魅力的。“相沢沙呼といえばふともも”と言われる特定部位への描写のこだわりも相変わらずでした。
ただ、ハーレム物ではなく、彼女たちは人間としてジゼルを好意的に評価している程度。相沢先生はデビュー作のミステリ『午前零時のサンドリヨン』でボーイ・ミーツ・ガール物としての評価も高いので、今後のジゼルを中心とした関係の変化も楽しみな点です。
当サイトでは、そんなTRPGの親戚のような小説『緑陽のクエスタ・リリカ』を著した相沢沙呼先生に作品の裏話や本作に込めたTRPGへの思いを伺ってきました! 続けて、ぜひご覧ください!
テレビCM用のPVも用意されるなど、MF文庫Jの力の入れ様も強い
冒険者としてTRPGに熱中した“あの場所”を小説に
──相沢沙呼先生インタビュー
──今回の作品『緑陽のクエスタ・リリカ』は、ファンタジーTRPGを意識したライトノベルということですが、ミステリでなくTRPGを念頭に書こうと思ったきっかけは何かあったんですか?
相沢沙呼先生(以下、相沢) 「単純に僕自身が、そういうのを読みたいな、と常々思っていたんです。僕は十代の頃から、オンライン・サークルを中心にTRPGへどっぷりとハマっていて、連夜のように冒険者として活動していた駄目な人間でした(笑)。ですが、大人になると徐々に時間が取れなくなり、TRPGをプレイする時間がなくなってしまう。仲間とも疎遠になって、冒険に出ることも叶わなくなる。そこで、もう一度、あの冒険を体験したいな、と思ったわけです。
冒険を体験する──というと、TRPGのリプレイを読む方法もあるのですが、僕が冒険していた“あの場所”の空気は、やはり、あそこにしかないんです。リプレイでなく、小説という方向性でとっても、ファンタジー系のライトノベルには『ファンタジーTRPGの冒険者』を主軸にした作品が少ない。冒険者を描いていても、ダンジョンの攻略を描くのが主軸であったり、MMO世界を舞台に別のテーマを描いていたり、自分が求めている冒険者像とは微妙にズレている。また、ファンタジーライトノベルの作品は、背景が壮大な作品が多く、巨大な敵を相手に闘ったり、大きな運命に抗うようなものだったり、あるいは戦記ものだったりして、僕が遊んでいたような『TRPGファンタジーの冒険者』といえる『一介の冒険者』を書いた作品は少ないなと思っていました。僕はもっと地味な世界観での、地味な冒険者の活躍を読みたかったんです。それで、あんまりないなら、自分で書こう!と思って温めていたのを、MF文庫Jさんに声を掛けていただいて、本作という形になったわけです。一般文芸では企画が通らないんですよね……」
──やはり一般文芸ではファンタジーは難しいんですね。もともとミステリ畑で書かれていた相沢先生ですが、MF文庫J編集部さんとは以前から接点があったんですか?
相沢 「ミステリを書くのに行き詰まっていた時期がありまして。いや、まぁ、年中、ミステリ書くのってつらいんですけどね、なかなかトリックが思い付かないから(笑)
そんなときに、Twitterでラノベ書きたいなーって呟いたら、MF文庫Jの編集者さんが、『はじめまして、ラノベ書きませんか!』と言ってくださって。もしかしたら、学園系の青春モノを期待されていたのかもしれないですけれど! いろいろと温めていた世界観や企画をお話したら、『今風にしないと難しいかもしれないけど、やってみましょう』と快く言ってくれて、皆さんにお届けすることができました」
──形になってるんですから、編集部さんの当初の想定と違っても満足されているのでは(笑)。また、少し話が戻るようですが、壮大なファンタジーライトノベルと、ファンタジーTRPGの言ってみれば泥臭い冒険というのは、同じ“冒険者”が登場するにしても描かれ方が大きく違ってきますよね。そうしたTRPG的な世界を書くベースとなった、相沢先生のTRPG経験について聞かせてもらえますか?
相沢 「そうそう、一口に冒険者と言っても色々なイメージがあります。MF文庫Jのメインターゲットである十代の若い人たちは、TRPGに触れた経験がほとんどない方が多いでしょう。そういう読者さんに、自分がかつて楽しんだ“冒険者像”を丁寧に伝えていくのが、この物語の課題でもあり醍醐味でもあると思っています。僕が十代の頃に遊んだのは、ほぼ『ソード・ワールドRPG』(SW)で、最も強く影響を受けた作品でもあります。同時期には『D&D』や『マギウス』にも触れましたが、やはり一番遊んだのはSW。その後、『ダブルクロス The 2nd Edition』や『ソード・ワールド2.0』などにもハマりました。『クトゥルフ神話TRPG』も好きで、今回のプロットに影響を受けていますね」
──なるほど。特に楽しんだのがSWなんですね。確かに、読んでいてもその雰囲気を感じました。これはネタバレになってしまうので、少し曖昧に聞かせていただきますが、作中では主人公ジゼルの体質など、複数の特殊能力が出てきますよね。あれもTRPGをベースにしたアイデアなんですか?
相沢 「特殊な能力に関しては、あまり設定し過ぎると『一介の冒険者を描く』という目論見からズレてしまうので、さじ加減に苦労したところです。ジゼルに関しては、TRPGにおけるファンブル表のノリで作りました。役に立たないけれど、役立つこともある、けれど出目が悪いと特に酷い事態が起こる、的な……。作中の人物からすると迷惑極まりないですが、物語を作る視点からすると、様々なアクシデントでイベントを彩れるので、ちょっと便利すぎるかな、とも思いました(笑)。ジゼルは生まれや能力値※に関しても出目が悪そうで、これから先が心配です……」
※SWでは、プレイヤーキャラクターの生まれ(出身や初期技能)、能力値をダイスでランダムに決めるルールがある。
──正直に言ってジゼルはかなり弱いキャラクターとして設定されていますよね。その狙いはなんだったんでしょうか?
相沢「そうですね。けれど、だからこそ様々な手段を用いて依頼を達成しようとする。単純にダイスを振るだけではなく、無限の選択肢の中から最適な行動を導き出していくというのは、TRPGならではの醍醐味だと思っています。ジゼルが伏線を拾い上げて畳みかけていく流れなどは、『GM、つまり、これがこうなら、こういう行動は可能ということですよね?』と説得させる快感に似ている(笑) それを再現するのに、今回のシティ・アドベンチャー風のプロットと、ジゼルという弱いキャラクターは、ピッタリな組み合わせでした」
──なるほど。では、そんなジゼルも第一巻の冒険を乗り越えて、成長してますよね。TRPGというと成長したキャラクターで次のセッションに挑むのも楽しみの一つ。冒険者未満から階段を上ったジゼルの今後は、すでに構想があるんでしょうか?
相沢 「実は、ファンの皆様から心配されるくらい遅筆の僕にしては珍しく、二巻の初稿がすでにできています。長くなりすぎたので削らないといけないですけれど……。ジゼルはようやく冒険者としての一歩を踏み出したばかりです。これから、冒険者として学ばなければならないことがたくさんあると思います。そういう意味では、書くべきことや書きたいことはたくさんあります。たとえば、僕がオンラインでTRPGを遊んでいたサークルでは、セッションごとに参加メンバーがバラバラだったんですね。固定メンバーでパーティを組むことがなく、毎回、違ったメンバーで依頼に挑戦していた。それってなかなか面白いドラマを生んだりするんです。いつも一緒に組んで、思想や行動理念が理解できている仲間がいる一方、初めてパーティーを組んだ相手や、抱える信念が自分と相反していて仲良くできない相手など。あ、相手というのは、PLではなくPCのことですが(笑) そんなパーティーだと、そこで対立が生まれたり、新たな友情が結ばれたりもして、意外なドラマが生まれる。そういうの、書いたら面白そうだなぁって思っているんです」
──一期一会の楽しさは、TRPGのコンベンションとも似たところですよね。では、2巻は新キャラクターに期待大ですね! 1巻だけでもかなり登場人物が、しかもMF文庫Jらしくタイプの違った美少女・美女が活躍しましたが、2巻の新キャラクターでもやはり美少女が?
相沢 「僕もむさいおっさんに囲まれるより、女の子に囲まれる方が嬉しいので、新たな女性キャラクターには期待してください。けれど、so-binさんが描かれる男性キャラってものすごくカッコいいので、男性キャラもきちんと出していきたいですね」
──モンスター絵も魅力で、挿絵も迫力がありましたね。新キャラともども続刊が楽しみです。ちなみに発売時期はいつごろになりそうでしょうか?
相沢 「時期については、あまり勝手なことは言えないですね(笑)。ですが、ライトノベルは刊行ペースが早いのが普通ですから、なるべく早めにお届けできればと思っています。決して英雄にはなり得ないけれど、誰かの勇者であろうとするジゼルの次なる冒険に、ご期待ください!」
相沢先生、ありがとうございました。ちなみに、本記事でご興味が湧いた方は公式サイトで中身の試し読みもできるので、ご覧になるのをオススメします。ファンタジーTRPGファンならきっと琴線に引っかかると思いますよ!
相沢沙呼作品紹介
午前零時のサンドリヨン (創元推理文庫)
相沢沙呼のデビュー作であり、第19回鮎川哲也賞受賞作。高校生を主人公とした“ボーイ・ミーツ・ガール”ミステリ。
スキュラ&カリュブディス: 死の口吻 (新潮文庫nex)
日常でのミステリを得意としてきた相沢沙呼の新機軸。現代を舞台に、異能が飛び交い、性と暴力という極彩色が物語を彩る新伝奇ミステリ。
TRPGの質問・疑問に答えるチャットを開設しています。お気軽にご参加ください。
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