アートで現代を変えるTRPG「悪くない場所RPG」を全文公開! – TRPG every day
伏見健二と遠野よあけが語り合う「TRPG」と「アート」
アート作品としてのTRPG、もしくはアートを題材にしたTRPGというとことで、色々な方面から話題を呼び、いわゆる「炎上」状態になったTRPGタイトルが作者のインタビューと共に当サイトにて公開となりました。私、aoringoも早速拝見させてもらいガッツリレビューさせていただこうと思います。
私はアートに関しての知識は皆無であり、アート方面からの言及はできませんのであしからず。
概要と世界観
p7に簡単な用語解説とこのTRPGの目的があります。
西洋から概念のみが輸入された「美術」という概念によって、日本美術は歴史の無い美術として始まった。それによって、日本美術は今も15年スパンで同じような循環を続けており、アートにとって「悪い場所」となっています。これを「悪くない場所」にするのがこのTRPGの目的・・・のようです。具体的な方法は、過去の日本に戻り西洋美術が日本に輸入される前に日本のアートを広め、今の日本を変えるというものです。
詳しい解説は現物を読んでもらうとして、このざっくり解説であっているのか知識の無い私からは判断する事は出来ません。日本が今現在「悪い場所」というのはなんとなくわかりますが、世界観解説として用語の説明に終わっているのが少々残念です。「悪い場所」について、つまりアートにとってどんな弊害があるのか? 今現在どんな不都合が起こっているのかを理解できないと少しピンと来ません。この説明を読んでのほとんどの人の感想は「とりあえず現状を変えればOKなの?」で留まっていると思います。本当の目的、今の日本にとって美術をきちんとした歴史をもった概念として定着させるから外れている。そしておそらくこの作品が伝えたい本質とはピントがズレている状況なのは私にも理解できます。
ルール
ルールは至ってシンプルで、セッションのフェイズによってシーンを区切っているくらいで特に難しいところは見当たりません。ただ、「ルールとして美術という概念を評価し反映する仕組み」がまったくありません。
過去の偉人などに会い、物品が何故アートなのかを説得するルールはあるのですが、これは「キャラクターと物品を言葉で結びつけて説明」をするフェイズに過ぎず、リソースとして「アート成功要素」と定めているだけにとどまっています。ルールブックの例に、『日本刀であれば「武器であり工芸品である」「丈夫に作られているものは後世まで保存可能」など。』とあります。けれどもこれは今の日本でも同じ評価で、多数の刀が今も現存しています。おそらく昔の日本でも良い刀は高値がついたのではないでしょうか。そういう意味では、刀は昔から美術だったのでは? 今の日本にとって、刀の扱いを含めて「悪い場所」の説明になっていません。そしてこれによって最終的に日本がどう変わるのかがイメージできません。刀をアートと定義して昔の人に伝えた結果、日本が美術的に「悪くない場所」になるとどうなるんでしょう? 皆が刀を携帯したり各都道府県に一つ刀秘蔵館が出来るのでしょうか。
ここらへんの具体的なマスタリングルールがまったくないため、GMには相当量の美術や歴史に関する知識や判断力が必要になります。この時点で残念ながらこの作品は「遊べる」作品ではなくなります。
疑問を解消できないリプレイと例
さて、本ルールブックにはリプレイと例も記載されています。が、これらは残念ながら上記の疑問を解消するものにはなりません。
瓦礫と兜の二例が乗っています。現在の日本の価値観を変えることには成功していますが、それがアートにとってどのような影響を及ぼしたのかの説明は一切されません。リプレイ「兜」では、兜を美術として定着させる事に成功し、誰もが兜をかぶり、アートスクールでは兜を制作しているというオチで締めくくられます。この結果日本は果たして美術的に「悪くない場所」になっているのかどうかがピンときません。結局のところ価値観を変えて優先順位を変えただけでは?
これだと「西洋美術の前に日本美術を確立し、今のメインストリームを日本美術にする」という目的設定の方がしっくりきます。もしくはこれが目的なら、p7の説明は不適切になります。
「戦国時代 兜」で検索すると、今の私達の感性から見ても面白い兜が沢山見つかります。これらは昔の人たちからしてもアートではなかったのでしょうか? もっと昔にさかのぼっても、十二単やお歯黒や短歌など、様々な文化が有ります。これらの物と「美術という概念」の区別がよくわかりません。残念ながら、このTRPGシステムは最後までこの疑問には答えてくれません。
まとめ
TRPG単体として見ると、「回せる」かどうかで言えば何も問題なく回せる物に仕上がっていると思います。シンプルなルール、GMへ処理を集中する事によってプレイヤーは比較的自由に動けて積極的にセッションに参加することができるように配慮されています。しかし結局のところ、この作品が私達に「悪い場所」と「悪くない場所」を伝えてくれない以上、参加者がその知識を持つしかありません。その時点で、これを遊ぶには「美術と歴史に相当の知識を持っている人」に限定され、美術史を使ってif物語を紡ぐ、二次創作的というか再認識するためのツール、という感想になります。
そうでない人たちにとっては、「タイムスリップして物品がいかに素晴らしいかプレゼンテーションして価値観を変える」だけの目的意識の薄い未来改変ゲームに留まっている、というのが正直なところです。それなら長々と説得フェイズまでセッションを続けるよりも、ボードゲームとして説得フェイズだけを抽出した物を作ったほうがスマートです。説得フェイズとそれ以外のフェイズに繋がりが薄く、セッションが始まったらすぐ説得フェイズから始まる。でも特に問題無いと思います。
ルールや解説から、製作者が参加者に何を伝えたいのか。どう動いて欲しいのかが見えず、それもまたGMへの負担という形で現れている気がします。プレイから自然と美術という概念が理解でき、物語へと繋がる事の出来る機構が欲しいところです。また、全体として「ルールが対象とするターゲット」が不明瞭になってしまっている点も残念です。
何故TRPGを選んだのか、この作品が美術的にどういった物なのか、美術的にどうTRPGを表現したかったのか、というそれぞれのテーマの相互影響が文面から汲み取れなかったのが一番惜しいところでしょうか。もしくは美術の知識があれば汲み取れるのでしょうか。
選んだ題材がニッチでありながら、その題材を活かしきれていないのが非常に惜しい。遊ぶことによって自然と概念を理解でき、没入感を与えるような仕組みを整備するとまた違った評価になるかと思います。
かなり辛口となってしまいましたが、多方面から話題を生み出したこの作品をTRPG一ファンとして率直な感想が必要だと思い記事に起こしました。この作品に込められた意義、作り出した労力と行動力は賞賛されるべきものです。それにこの作品が投げた問いかけと影響力については今更説明の必要もないでしょう。まったく違うジャンルから放たれた一石がこれほど波紋を広げるのかととても興味深く、また楽しくなります。
「悪くない場所RPG」は当サイトで許可を得て公開配布していますので、皆様も是非ともダウンロードしてTRPG界の話題をさらった作品に目をとおしてみてくださいね!
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